菊本真理亜  

2017年10月26日(木)~11月30日(木)

 

展示作品

1.「木陰」        130.0×162.0cm アクリル

2.「別れ道」      27.3×41.0cm   油彩

3.「森の豚」      60.6×72.7cm   油彩

4.「眺望」        91.0×116.7cm  アクリル

5.「森の集いⅠ」  91.0×44.0cm   油彩

6.「森の集いⅡ」  91.0×44.0cm   油彩

 

1.「木陰」 130.0×162.0cm アクリル

    滋賀県展 特選 木下美術館賞

 

琵琶湖岸の昼下がり、ひと際目立つ大きな木が、大地に向かって垂れ下がり、白い砂地に優しい影を落とす光景を見つけました。そして、その木陰に誘い込まれるように子羊を寝かせました。例えば、子羊は安らぎを、草木は刺激を享受する、そのような生命感のやり取りが幾重にもなされている、そんな自然の見つめ方をしてみました。

(菊本真理亜)

2.「別れ道」  27.3×41.0cm  油彩 

 

3.「森の豚」  60.6×72.7cm  油彩

 

4.「眺望」  91.0×116.7cm  アクリル 

5.「森の集いⅠ」  91.0×44.0cm  油彩

6.「森の集いⅡ」  91.0×44.0cm  油彩

私の絵画暦

学生の時にカサブランカを買ってきて見よう見まねで油絵を描いたことから始まりました。それからは、空いた時間の趣味となり、絵画教室に通ったりして、絵画への興味が深まり次第に本格的に絵を学びたいと、12年前、京都造形芸術大学通信教育部の洋画コースに入学しました。そこでは洋画の技術や表現方法を学ぶことだけではなく、日々時間を作って描くことの志が身についたように思います。卒業後は自然をテーマにして、慣れ親しんだ滋賀の風景に、自身の想いを重ねて描いています。まだまだ迷いの多い作風ですが、自然に満ち溢れた環境に感謝し、キラキラとした輝きのある画面に仕上げることを目標にしています。

この度は、滋賀県展で木下美術館賞を頂いたご縁で、このように展示させていただく機会に恵まれました。由緒ある作品のすぐ隣など、なかなか経験できないので、これから描いていく上でも大切な記念にさせていただきます。

 

 

プロフィール

  1972年生まれ

  2006年 野洲市展入賞

  2011年 京都造形芸術大学通信教育部洋画コース卒業

  2013年 3人展(同時代ギャラリー)

  2014年 『湖国を描く絵画展』金賞

  2016年 『滋賀県美術展覧会』特選

 

木下美術館賞

第70回滋賀県美術展覧会(滋賀県展 平成28年)から公益財団法人木下美術館賞が創設されました。

滋賀県展に特選となった作品の中から毎年公益財団法人木下美術館賞が1点選ばれます。

第70回滋賀県展では大津市在住の菊本真理亜さんの『木陰』が選ばれました。

描かれた動物たち  

2017年10月26日(木)~11月30日(木)

 

展示作品

1 霜猿       橋本関雪  絹本着色 軸装  59×66cm

2 秋雨       横山大観  絹本着色 軸装  54×72cm

3 鶴        竹内栖鳳  紙本淡彩 軸装  124×46cm

4 猛虎之図     大橋翠石  絹本着色 軸装  143×51cm

5 鶲        金島桂華  絹本着色 軸装  色紙

6 桃と小禽     榊原紫峰  絹本着色 軸装  色紙

7 鵜        森白甫   紙本着色 額装  60×70cm

8 花菖蒲      杉山寧   絹本着色 軸装  67×74cm

9 清白       河股幸和  紙本着色 額装  135×186cm

10 天馬翔く     鷹山宇一  カンヴァス油彩 額装 63×52cm 

11 雨餘       西山翠嶂  絹本淡彩 軸装  66×86cm

12 闘牛       堂本印象  着色   陶額  38×52cm

13 梅日和      西村五雲  絹本着色 軸装  159×51cm

14 秋渓遊猿之図   山元春挙  絹本着色 軸装  148×57cm

 

1.霜猿/橋本関雪 絹本着色

  59×66cm 1935(S10)頃

 

橋本関雪(はしもとかんせつ)

明治16年-昭和20年(1883-1945)

古木に右手を軽く添え岩の上に後ろ向きに座って振り返っている全身白い毛でおおわれたテナガサルが描かれています。意志が強そうに口を真一文字に結び大きく見開いた眼で振り返っています。

橋本関雪は動物の絵をたくさん描いています。自宅で動物を飼育して日々観察、画作をしていました。特に『霜猿』『玄猿』は有名です。関雪にはここに展示した霜猿とは異なるも霜猿が数点(大阪新美術館建設準備室と昭和14年ニューヨーク万博出品されたもの)あります。いづれも白テナガザルです。

関雪は明治16年に兵庫・明石で生まれています。父から漢学を、絵画四条派の片岡公広に学んでいます。20歳の時に竹内栖鳳に師事しています。

後年、中国の古典文学や中国の風物をテーマとした作品を多数発表しています。昭和20年に61歳で亡くなりました。関雪と同年代の画家には北野恒富(1880年生)、竹久夢二(1884年生)、田辺至(1886年生)らがいます。

2.秋雨/横山大観 絹本着色

  54×72cm 制作年不詳

 

横山大観(よこやまたいかん)

明治元年~昭和33年(1868~1958)

秋の渓谷の両岸にモミジが色鮮やかに描かれています。画面左上から右下に向かって雨交じりの風が吹いています。にわか雨に小鳥が慌てふためいて逃げ惑っているようです。川面には風にあおられたモミジが流れています。横山大観は明治元年に水戸市に生まれ、明治22年(1889)、東京美術学校の第1期生として入学し、橋本雅邦、岡倉天心の教えを受けました。一年下に菱田春草がいました。卒業後、母校の教授をしますが、明治31年の美術学校騒動で岡倉天心と行動をともにし、日本美術院の創設に参加しました。そして、日本画の革新のために新手法を試みますが“朦朧体”と呼ばれ非難されました。大観は明治・大正・昭和の三代にわたり日本画壇をリードし続け、昭和33年に89歳で亡くなりました。昭和12年(1937)には第1回文化勲章を竹内栖鳳や洋画家の岡田三郎助らとともに受けました。

3.鶴/竹内栖鳳 紙本淡彩

  軸装124×46cm 制作年不詳

 

竹内栖鳳(たけうちせいほう)

元治元年~昭和17年(1864~1942)

一本足でバランスよく立ち少しのピンクと足の褐色のみの淡彩画として描かれています。ところで鶴はなぜ一本足で眠るのでしょうか。体温の放射を少なくするため、一本脚の方が安定するため、飛び立ちやすくするため、疲労を少なくするためなど様々な説がありますが本当はどうなのでしょうか。

竹内栖鳳は元治元年に京都で生まれの日本画家で土田英林や幸野楳嶺に、後に四条派の基礎である写生を学び、狩野派や雪舟、蕪村など広く古画を研究しました。栖鳳は明治30年代の東京の横山大観・菱田春草らの新しい動きに対して京都画壇の若きリーダーとして大いに注目を集めました。後年、京都市立絵画専門学校で後進の指導に当たるとともに、私塾「竹杖会」で画家の育成にも力を注ぎ、西山翠嶂、橋本関雪、上村松園ら多くの逸材を育てています。昭和12年(1937)に制定された第1回文化勲章の制度で横山大観、岡田三郎助らとともに顕彰されました。昭和17年に77歳で亡くなりました。

4.猛虎之図/大橋翠石 絹本着色

  軸装 143×51cm 制作年不詳

 

大橋翠石(おおはしすいせき)

慶応元年~昭和20年(1865~1945)

トラを描かせたら右に出る者がいないとまで言われた大橋翠石のトラの親子です。無邪気に遊ぶ二頭の子トラを慈愛の満ちた目で見つめながらも外的に備えた厳しい雰囲気を持つ母トラの姿を描いています。体毛の一本一本まで丁寧に描き込み今にも画面より飛び出してきそうな雰囲気です。翠石は慶応元年に大垣市で生まれた日本画家です。元来ネコが好きで、虎を知る前はよくネコを描いていたそうですが見せ物小屋の虎を見て、毎日写生をして翠石独特の虎の描写を確立していきました。一時期、神戸で活動しておりました。当時阪神間の金持の間では翠石の虎を持っていないのは恥とまで言われたとか。晩年は故郷の大垣に戻り80才で亡くなりました。翠石と同時代に活躍した画家には竹内栖鳳(1864年生)や横山大観(1868年生)らがいます。

5.鶲/金島桂華 色紙

  軸装 制作年不詳

 

金島桂華(かねしまけいか)

明治25年-昭和49年(1892-1974)

松の枯れ枝に一羽の小鳥が止まっています。胸から尻尾にかけて鮮やかなオレンジ色をした鶲(ひたき)です。大きさは雀と同じくらいで、喉を膨らませて甲高い声で鳴きます。日本では夏どりで冬には東南アジアで越冬するそうです。

金島桂華は明治25年に広島県に生まれ、明治40年(1907)に大阪に出て西屋桂州、平井直水に日本画を学んだ後、1911年に竹内栖鳳の「竹杖会」に入門しています。重厚な装飾性の強い花鳥画を得意としています。昭和44年に京都市文化功労者として顕彰されました。昭和49年(1974)に82歳で亡くなりました。

6.桃と小禽/榊原紫峰 色紙

  軸装 制作年不詳

 

榊原紫峰(さかきばらしほう)

明治20年-昭和46年(1887-1971)

熟れた白桃に目を付けて飛来した一羽の小鳥が鋭いまなざしで見つめています。榊原紫峰が得意とする花鳥画です。

紫峰は京都生まれの日本画家であり、竹内栖鳳や山元春挙等に伝統的な四条派の写生画を学んでいます。はじめ文展を中心に活動しますが、大正に入り文展に不満を持ち土田麦僊らと自由な個性の発露を目指して国画創作協会を設立しました。同展では西洋絵画の長所を取り入れた、斬新な作品を数多く発表しています。一方では京都市立絵画専門学校や京都市立美術大の教授を務め精力的に後進の育成を行っています。昭和46年に84歳で亡くなりました。

7.鵜/森白甫 紙本着色 

  額装  60×70cm 制作年不詳

 

森白甫(もりはくほ)

明治31年~昭和55年(1898~1980)

森白甫は明治31(1898)年に東京・浅草で生まれ、18歳の頃、荒木十畝に師事して花鳥画を学びます。父は日本画家の森白畝です。

大正12年(1923)の平和記念東京博覧会に「暖日」が入選しました。さらに大正14(1925)年の第6回帝展には「巣籠る鷲」が入選し、以後毎年のように帝展に出品し入選を重ねています。大正13年からは文展の審査員を続け、昭和17(1942)年には多摩美術大学の教授となり、昭和43(1968)年の退職まで後進の指導に力を注いでいます。昭和55年に82歳で亡くなりました。森白甫と同時代に活躍した画家には梶原緋佐子(1896生)、東郷青児(1897年生)、中村大三郎(1898年生)らがいます

8.花菖蒲/杉山寧 絹本着色

  軸装 67×74cm 制作年不詳

 

すぎやま杉山やすし寧  明治42年~平成5年(1909~1993)

見事に咲いた菖蒲を楽しむかのように一羽の小鳥が優雅にとんでいます。咲いたばかりでしょうか。花には命の勢いのようなものを感じます。葉もそれぞれがスックと伸びて清々しい。杉山寧は明治42年に東京・浅草生まれの日本画家です。昭和3(1928)年に東京美術学校日本画科に入学し、在学中の第12回帝展に初出品し初入選しています。昭和9 (1934)年の第1回日独交換留学生に選ばれベルリン大学に留学しました。昭和49(1974)年に文化勲章を受章しています。平成5年、奇しくも誕生日である10月20日に84歳でなくなりました。余談ながら寧の長女は作家・三島由紀夫に嫁いでいます。

9.清白/河股幸和 紙本着色

  額装  135×186cm 2000(H12)年頃

 

河股幸和(かわまたゆきかず)

昭和35年~(1960~  )

少しうつむき加減の優しそうなボルゾイ犬が描かれています。ボルゾイ犬は足が非常に速く狼狩りの猟犬としてロシア貴族に徴用されていました。そのため革命後のロシアでは民衆に多数虐殺されました。日頃は物静かでゆったりとして吠えることはほとんどありません。それが猟の対象となるものを視認すると実に俊敏に行動し滑らかな走力発揮し追跡します。対照的な静と動の二面性がこの犬種の魅力とされています。

川股幸和は昭和35年に京都生まれの日本画家です。動物、鳥などをテーマにして自然に対する尊厳と動物の生命への賛美を明快なタッチで愛情深く、そしてあくまでも優しく描きます。今回展示の『清白』は平成12年の晨鳥社展の出品作です。

10.天馬翔く/鷹山宇一 カンヴァス油彩

   額装 63×52cm 制作年不詳

 

鷹山宇一(たかやまういち)

明治41年~平成11年(1908~1999)

天空から二条の光が地上に射しています。その光を浴びて二頭の馬が喜びを表すかのように伸びあがっています。さしずめ人間ならばハグをしているかのようです。そこへ三匹の蝶がその喜びを分かち合うように舞っています。鷹山宇一は日本の稀有な幻想画家と言われています。明治41年に青森県七戸に生まれ、大正11年に旧制青森中学に入学と同時に、本格的に描き始めました。昭和2(1927)年上京し、後に日本美術学校洋画科へ入学します。在学中の昭和5年の第17回二科展に木版作品が初入選しました。昭和36年には東郷青児とともに理事に就任しています。平成11年に81歳で亡くなりました。

11.雨餘/西山翠嶂 絹本淡彩

   軸装  668×86cm 制作年不詳

 

西山翠嶂(にしやますいしょう)

明治12年-昭和33年(1879-1958)

よく手入れされた竹林の中に小さな池に数羽の水鳥が羽を休めているようすが描かれています。雨上がりの竹林は静かに立ちのぼるモヤで辺りが霞んで見えます。昭和の初期(S27年頃)に描かれた西山翠嶂の作品です。

翠嶂は明治12年に京都に生まれ14歳の時、竹内栖鳳に師事しています。栖鳳の多くの弟子たちの中でもその実力は抜きんでており昭和17年の栖鳳が亡くなった後京都画壇の中心的存在として昭和33年に79歳で亡くなるまでその重責を果たしました。昭和32年に文化勲章を受章しています。同時代に活躍した日本画家には冨田渓仙(1879年生)、川村曼舟(1880年生)、北野恒富(1880年生)、らがいます。

12.闘牛/堂本印象 着色

   陶額 38×52cm 制作年不詳

 

堂本印象(どうもといんしょう)

明治24年~昭和50年(1891~1975) 

牛を翻弄する闘牛士の様子を陶額に納めています。

堂本印象は明治24年に京都に生まれた日本画家ですが、抽象画も描きますし今回展示のこの陶額のような陶芸もやります。

明治43年(1910)に京都市立美術工芸学校を卒業後は、西陣織の図案描きしていましたが日本画家を志して、27歳の時(大正7年)に京都市立絵画専門学校に入学しました。在学中の大正8年(1919)に開催された第1回帝展と第3回帝展に入選しています。この頃、西山翠障に師事しています。

大正15年に大徳寺山内龍翔寺の杉戸絵を始め、多くの寺院の障壁画も描き、伝統的な日本画から抽象画など、その作風は近代日本画壇に大きな刺激を与え続けました。昭和36年(1961)には文化勲章を受章し、昭和50年に83歳で亡くなりました。

13.梅日和/西村五雲 絹本着色      

   軸装 159×51cm 1937(S12)年       

 

西村五雲(にしむらごうん)

明治10~昭和13年(1877~1938)

鎖でつながれたサルが咲き始めた梅の枝にぶら下がって地上のリンゴを拾い上げようとしたようすを描いています。春うららかな日のサルのユーモラスなしぐさの一瞬をうまくとらえて描かれています。西村五雲は動物園より手長サルを譲ってもらい自宅で飼っていたそうです。日々観察しながら描いていたのでしょう。

五雲は明治10年に京都で生まれ、12歳で岸竹堂(幕末・維新の激動期に京都画壇の近代化を築いた一人)に師事し、のちに竹内栖鳳に師事しました。栖鳳から高い評価を受けていた五雲は京都市立美術専門学校の教授を務め一方、画塾・晨鳥社を主宰し更新の育成にも努めています。花鳥・動物画を得意としています。昭和13年に62歳で亡くなりました。五雲と同時代の画家に上村松園(1875~1949)、伊藤小坡(1877~1968)らがいます。

14.秋渓遊猿之図/山元春挙 絹本着色

   軸装148×57cm 1916(T5)年

 

山元春挙(やまもとしゅんきょ)

明治4年~昭和8年(1871~1933) 

山が紅く彩られた深山幽谷の秋を描いています。天気の良い渓谷に数匹の猿の親子が遊んでいます。遥か遠くに見える山には雪でしょうか。白いところも見られます。山元春挙の得意とする風景画です。

春挙は明治4年に大津市に生まれた日本画家です。明治から昭和にかけて栖鳳と共に京都画壇をリードした中心的画家の一人でした。この時期、東京では横山大観や菱田春草らが活躍した時期でもあります。春挙の画風は四条派の写生を基本に、時には洋画や写真など新しい技術を取り入れ、勇壮な構図と明快な色彩で独特の画法です。花鳥画や人物画も描きますが、得意とするところは風景画でした。登山が好きで山行にカメラを携行して、画作にも反映させています。昭和8年に63歳で亡くなりました。

展示風景

美術品との敷居を低くすることをコンセプトに、作品と観覧者の間にガラスなどの遮蔽物をもうけない展示を行っております。

また、ゆっくりとくつろぎながら美術関連の書籍を見て無料のコーヒー等を楽しめるコーナーも用意しております。

 

特にお子様向けの書籍を多数用意しております。

 

木下美術館

520-0016 

滋賀県大津市比叡平2-28-21

TEL:077-575-1148

 

2017年度の絵画教室の参加申込を受け付けております。

詳しくは、メールもしくはお問い合わせフォームまたはお電話にてご連絡をいただきますようお願い申し上げます。